INTERVIEW

QHEY INTERVIEW

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GCM Q1:まず初めに、DJをはじめたきっかけ、音楽との最初の出会いはいつ頃ですか?

 


QHEY:具体的に大人の音楽としての出会いはビートルズです。友人から中学一年か小学六年から洋楽を聞き始めたわけで、ラジオからAIRジャックをしていた。いろんな番組を聴く中でラジオDJが曲と曲をフェードイン・フェードアウトでつないでいた。その間の声には興味はなかった、一本の流れの中に音をノンストップでつながれていくのには興味があった。高校に入ったときに、MIXERを買った。DJ MIXERねはなく、当時ダブルデッキというのがなく、もっていたターンテーブル(当時レコードプレイヤー)とカセットデッキとウォークマンを並べておいて、レコードが終わりそうな時に、もう一方のウォークマンに録音して、レコードとウォークマンのスイッチを入れて、フェードインフェードアウトでウォークマンが終わりそうになったら、レコードをスタートさせ、高一の時に始めて今の流れになっています。だから、クラブDJっていうものは知らなかったし、ディスコにもいっていなかった。現場につながることはやっていたが、今の現場につながるとは思っていなかった。中学入ったことは遊びでやっていた。

 

 

GCM Q2:日本のみならず、世界トップクラスのDJとして認知されていますが、そこに行き着くまでの努力などはあったのですか?初期の頃の活動を教えてください。


QHEY:一途に音楽が好きだったっていうのが、言動力になっていたとは思うんですけど、ターンテーブルを子供の頃とは違って、DJっていうもの、クラブDJっていうものを意識するようになってから、自分でターンテーブルをこういう風にして、その作業をやりだすと面白いじゃないですか。それにどっぷりはまって、一日中、寝る時間も削って、そればかりやって、毎日2・3時間しか寝ない中で毎晩練習して言って、そこのエネルギーでどうしてもどっかで屋ってみたいっていうところから、あるクラブに声をかけさせてもらって、初めて自分のパーティーと人前でDJプレイっていうのを1987年に始めたんですね。そこからコンスタントに自分のパーティーをやっていくとドンドン人も集まってきて、そこから先は、なぜかいろんな人にお声をかけて頂いくようになって、あちこちでステップアップしていくようになって、あんまり僕はミックステープを作ってやらせてくださいというような営業は得意じゃないくて、それはもっとやっていればよかったんでしょうけど、逆にやらずに、なんとか自分お熱意が伝わったのか、いろんなところでやらせてくれる所が徐々に増えて、本格的なDJを意識し始めて、ちょうど今年で20年になるんですけど、まあ時間っていうかキャリアっていうのはどうしても大切というか重要になった。

GCM Q3:また、影響を受けたアーティストはいましたか?


QHEY:最初はロックDJで、そこからハウスビート、ダンスビートに目覚めて、ロックDJってやっぱりなかなかテンポを繋げるの難しいじゃないですか?そこは僕はトライしていたんですけど、それをロックとダンスがうまく混ぜた時期があって、それが’89・’90年あたりのぼくがちょうどあたりの僕がちょうどDJを始めたあたりで、セカンドサマーオブラヴっていうムーブメントですけれども、そこで僕に衝撃を与えられ、アンディーウォホールっていう存在がよくって、彼の仕事、うることなすことがすべてすばらしくて、僕の黎明期に一番影響を与えてくれたのは彼なんですけど、一時彼に数年後にあう機会があって、僕は会ったんですよ。あなたのおかげで僕はこういうDJになりましたと、伝えたら、「それは悪いことをしたな」と彼が言って、なかなかイギリス人らしい気の利いたジョークなんだけど、この人とことんかっこいい人だな~と思いましたね(笑
それで、世界中を回っていて、ヨーロッパが面白いですけど、その中でもスペインの勢いはすごいですね。スペインのラテンの血というところもあって、盛り上がり方が尋常じゃないし、音楽に対する姿勢もしっかりしているし、すごいなんかやっていて楽しい国ですね。むしろ、イギリスはDJの仕事で行ったことがない、ロンドンとかない、テクノっていうシーンが、やっぱりドイツは強いですけど、ベルギーももちろん強いですし、ベルギーは国自体が日本の九州くらい小さな国でスペインのあの大きさと、あちこちにいいクラブがあって、どのクラブも盛り上っているのは、スペシャルな感じがします。

GCM Q4:そんなQ-HEYさんは、自身のレーヴェルを設立しましたが、その'MOON AGE RECORDINGS'の名前の由来、始めるきっかけとは?

QHEY:一番最初に新宿のオートティックスっていうクラブでパーティーを始めてくれというふうにリクエストがあって、その前にマニアックラヴっていうクラブでパーティーをやっていて、それを移動することにして、それをオープニングの月から毎週月曜日って言われて、毎週月曜日やる上で名前がないと月曜のMONDAYのMOONをとって、俺たちの世代ってことで“MOONAGE”ってパーティーを始めて、それが調子よくなって、だんだん月曜日から木曜日になって、それが月一の金曜日、土曜日ってことになって、大きくなって、新宿のリキッドルームで開催するようになったところで、レコードレーヴェルとして昇華させようと。その後、REBOOTってパーティーをマニアックラヴで始めるんですけど、それがレギュラーパーティーとして、MOONAGEをスペシャルなレーヴェルパーティーという位置づけにして、年に一回行うっていう形に変えました。それで、今、現状新木場になるAGEHAで年に一回二月の時期ですけども、KRUSHっていうパーティーと共同開催で、KRUSH VS MOONAGEっていうパーティーを年に一回行い、今回もゲストとして、MARCO BAILYを呼んで行っています。


GCM Q5:昨年10周年を迎えた自身のパーティー'REBOOT'も踏まえて、初期のころのテクノシーンから、現在のシーンへの変化についてどう思いますか?
QHEY:一番最初に新宿のオートティックスっていうクラブでパーティーを始めてくれというふうにリクエストがあって、その前にマニアックラヴっていうクラブでパーティーをやっていて、それを移動することにして、それをオープニングの月から毎週月曜日って言われて、毎週月曜日やる上で名前がないと月曜のMONDAYのMOONをとって、俺たちの世代ってことで“MOONAGE”ってパーティーを始めて、それが調子よくなって、だんだん月曜日から木曜日になって、それが月一の金曜日、土曜日ってことになって、大きくなって、新宿のリキッドルームで開催するようになったところで、レコードレーヴェルとして昇華させようと。その後、REBOOTってパーティーをマニアックラヴで始めるんですけど、それがレギュラーパーティーとして、MOONAGEをスペシャルなレーヴェルパーティーという位置づけにして、年に一回行うっていう形に変えました。それで、今、現状新木場になるAGEHAで年に一回二月の時期ですけども、KRUSHっていうパーティーと共同開催で、KRUSH VS MOONAGEっていうパーティーを年に一回行い、今回もゲストとして、MARCO BAILYを呼んで行っています。


QHEY:最初の頃はすごくアンダーグラウンドでしたよね。クラブもあんまり多くなかったし、すごく小さくて、やっぱりなんとなく規模的に敷居が高い場所だったと思うんですよ。それが今、ドンドン大きくなっていって、いろんな人が来易くなって、もう昔では考えられないようなさっきいったAGEHAだとか2000人3000人級の箱が毎週埋まるって言う状況になっていて、これはまあある意味アンダーグラウンドなにおいはなくなったものの、すごくビジネスとして形になっているし、ひとつのシーンがドンドン大きな形に昇華していったところになったと思うんですよ。成熟していったわけだから、まあもちろん、かけていくものもあれば、大きくなっていくものもあって、今、僕常にポジティヴなスタイルなんで、すごくいい時期だと思っています。

GCM Q6:また、今後はどのように変わっていくと思いますか?


QHEY:いろいろと問題点はあるとは思うし、懸念する部分ってあると思うんですけど、この先常に良くなっていくと思っています。

GCM Q7:東京を中心に活動されていますが、札幌のシーンのよいところ、こうしたほうがいいな~などありましたら、お教えください。


QHEY:東京と比べるって言うのは、どこの地方都市もなかなか視点が違うんで、やっぱり東京って言うのはいろんな意味で、全世界的にもスペシャルなんですよ、日本の中で東京がすごいっていうのはもちろんですし、クラブシーンとしてはね。
アジアから見ても東京はスペシャルだし、今日来ているMARCO BAILEYとかにしても、世界中で日本でやるのは一番好きで、東京でやるのが一番好きだというところがあるので、単純に札幌と東京を同じ目線で見るというのは比べられないというところはあるんですけれども。他の地方としてして比べてみると札幌の人たちって、後半すごいつよいですよね。なんか大体割りと多いのが3時過ぎくらいからで人は引けるんですよ。一回引けるところはあるんだけど、そっから盛り上るがすごくて、最後のエンディングの曲でアンコールのコールとかすっごい、毎回びっくりしているんですけど、エンディングが楽しいところってなかなかないなっていう、フェードアウトするって感じじゃなくて、最後ドカーンって盛り上って終わるってのがいいなっていうところがいいですよね。

GCM Q8:最後に、あなたにとってGROOVEとは?


QHEY:自分の中から湧き出てくる表現の源流ですかね。

GCM:ありがとうございました。

Q'HEY [RE-BOOT / BUG FIX / MOON AGE RECORDINGS]


レーベル'MOON AGE RECORDINGS'主宰。ハードテクノの代名詞的存在とも言えるパーティー'REBOOT'を代官山AIRにて、レーベルパーティー'MOON AGE'を新木場ageHaにてオーガナイズ。1989年よりDJ活動を開始して以降、今日までの間東京のテクノシーンをリードする存在として常に最前線で活躍し、多くのファンの支持を得ている。台湾、香港、シンガポール、マレーシアといったアジア諸国、ベルギー、スペイン、フランス、ドイツ、ルクセンブルグ、オランダ、ポーランド等のヨーロッパ諸国でプレイする機会も多い。国内においても伝説的野外フェスティバルRAINBOW 2000および現在最も信頼されているテクノフェスティバルMETAMORPHOSEに毎回出演を果たしている。1995年から作品のリリースを開始し、1998年には自身のレーベル 'MOON AGE RECORDINGS' をスタートさせ、その作品群はCARL COXやSVEN VATH、MARCO BAILEYなどシーンを支えるDJ達のプレイリストに載るなど、ワールドワイドに高く評価されている。ミックスCDにおいても、3台のターンテーブルを使ったスキルをフルに発揮した'SOUND REPUBLIC'(KSR)、'REBOOT #001'(KSR)、'NYSO VOL.1 :DJ Q'HEY' (YENZO MUSIC)のいずれもが好セールスを記録。2006年にはMOON AGE RECORDINGS 10作目にして初のアルバム Q'HEY + REBOOT 'ELECTRIC EYE ON ME'、2007年にはSHIN NISHIMURAとのユニットQ'HEY + SHINのアルバム'PLANETARY ALLIANCE'をリリース。HARDFLOORのRAMON ZENKERとのユニットQ-RAMとしても、これまでに3枚のシングルをリリースしている。2008年'REBOOT'は10周年を迎え、更なるファン層を獲得し拡大し続けている。また3月からageHa WATER BARにて新パーティー'BUG FIX'をスタートし、毎月アリーナクラスの豪華なゲストDJを招きつつ、プールサイドらしいミニマル/エレクトロをフィーチャーしたセットにも取り組んでいる。

http://www.myspace.com/qhey
http://blog.so-net.ne.jp/qhey

 

2009年6月17日 14:14 |